STEMアトリエ / フラクタルとマンデルブロ集合 / 解説
マンデルブロ集合とは — 「2乗して足す」をくり返すだけで、拡大しても終わらない模様ができる
マンデルブロ集合とは、 数をひとつ決めて「2 乗してその数を足す」をくり返したとき、答えが遠くへ飛んでいかずにとどまり続ける——そんな数だけを集めてできる図形のことです。
電卓に 0 を入れて、2 乗して、1 を足す。出てきた答えをまた 2 乗して、1 を足す。5 回もやらないうちに、指が追いつかない桁になります。ところが足す数を 1 から −1 に変えるだけで、答えは 2 つの数のあいだを往復したまま、いつまでも落ち着いている。飛ぶか、とどまるか。この分かれ目を平面じゅうの点について調べ上げた地図が、あの黒い甲虫のような図形です。
電卓を 5 回たたくと、行き先が決まる
この図形の作り方は、絵を描く手順ではありません。数を 1 つ選んで、決まった計算をくり返し、行き先を見るだけです。
計算は「2 乗して、選んだ数を足す」。出発点はいつも 0。選んだ数が 1 なら、0 → 1 → 2 → 5 → 26 → 677 と、5 手で 3 桁に届きます。選んだ数が −1 なら、0 → −1 → 0 → −1 と、2 つの数を往復したまま何回やっても増えません。
同じ手順を踏んでいるのに、片方は飛んでいき、片方は残る。選んだ数を平面のどこに置くかで結果が変わるので、平面のあらゆる点について「飛ぶか、残るか」を調べて塗り分ける。残った点の集まりがマンデルブロ集合です。
くり返すと、行き先は 2 通りしかない
電卓で確かめられます。0 から始めて「2 乗して 0.5 を足す」をくり返すと、0.5 → 0.75 → 1.0625 → 1.629 → 3.153 → 10.4 と加速していきます。一度勢いがつくと、2 乗のたびに桁が倍になるので、あとは戻りません。
足す数を 0.25 にすると様子が変わります。0.25 → 0.3125 → 0.3477 → 0.3709 → …とじりじり増えて、0.5 に近づいたところで止まります。0.5 と 0.25 のあいだのどこかに境目がある、と見当がつきます。
数が飛んでいくか、とどまるか。中間はありません。この 2 択が、白と黒の塗り分けになります。
「2 を超えたら、もう戻らない」という目印
コンピュータは無限回の計算ができないので、どこかで打ち切る必要があります。その目印が 2 です。
答えの大きさが 2 を超えたら、そこから先は必ず大きくなり続けます。2 を 2 乗すれば 4。そこから足し引きされる量はもとの数より小さいので、次の回はさらに大きい数から始まる。この繰り上がりが止まりません。だから「2 を超えた瞬間に打ち切って、この点は飛ぶ側だと決めてよい」。
シミュレーションで軌道のまわりに描かれる円が、この半径 2 の目印です。線が円の外へ出たら、その点は集合の外側になります。
平面に置くと、地図になる
ここまでは足す数を 1 や −1 といった 1 本の数直線の上で選んでいました。これを平面に広げます。
平面上の点は、横の位置と縦の位置という 2 つの数のペアで表せます。このペアにも 2 乗と足し算のルールが決まっていて(複素数の計算です)、同じ手順がそのまま動きます。ペアの取り方は縦横で無数にあるので、平面のすべての点について「飛ぶ/残る」を調べれば、白黒の地図ができあがる。
黒い部分が残る側、外側が飛ぶ側です。左右対称に見えるのは、上下の入れ替えで結果が変わらないためです。
色は「近さ」ではなく「回数」
白黒だけだと外側がのっぺりするので、飛ぶ側に色をつけます。ここが取り違えやすいところです。
塗っているのは、大きさが 2 を超えるまでに何回かかったかという 回数 です。3 回で超えた点、7 回で超えた点、40 回耐えた点。回数ごとに色を割り当てるので、目盛りは 1 回・2 回・3 回…と飛び飛びになり、等高線のような縞が現れます。集合までの距離を測っているわけではありません。
見分け方があります。最大反復回数のつまみを 100 から 300 に上げてみてください。細部の模様が変わります。距離を塗っているなら上限を変えても変わらないはずで、変わるということは回数を塗っている証拠です。
拡大しても、ギザギザは消えない
地図アプリで道を拡大すると、やがて 1 本のなめらかな線になります。この図形は違います。
境界の入り江に潜ると、渦を巻いた腕が現れます。さらに寄ると、その腕の先にまた渦がある。ときどき、全体を小さくしたような島がまるごと出てきます。10 倍にしても、そのまた 10 倍にしても、画面の情報量が減りません。
海岸線と似ています。日本地図で見た海岸線と、拡大した湾の海岸線と、砂浜に立って見る波打ち際。どの縮尺でもギザギザしていて、「これ以上細かくならない」という段階が来ない。シダの葉を 1 枚ちぎると全体とよく似た形をしているのも、近い話です。
つまずきポイント — 計算ではなく、絵の読み方で詰まる
式のほうは、ほんとうに単純です。2 乗して足す、それだけ。だから質問が集まるのは計算の手順ではなく、出てきた絵をどう読むかという一点に寄ります。下の 3 つは、いずれも「画面に見えているものを何だと思うか」の取り違えです。
あれだけ入り組んだ絵なのだから、描くルールも入り組んでいるはず
ふちを拡大していけば、そのうち滑らかな線になる
色が濃いところは、集合に近いところ
現実の応用例 — 海岸線・CGの山肌・画像圧縮
海岸線を何 km と言い切れるか。1967 年に投げかけられたこの問いから伸びた線が、CG の地形づくりや画像の保存方式に届いています。細かく描き込む代わりに、粗い形へ規則を何度も当てる。3 つに共通するのはその手つきです。
イギリスの海岸線は、何 km ですか
映画の山肌は、描かずに「育てる」
画像を、絵ではなく「作り方」で保存する
よくある質問
Qフラクタルとは何ですか?
拡大しても細かい構造がなくならず、部分が全体に似た形をしている図形をまとめてこう呼びます。1975 年ごろにマンデルブロが名づけた言葉で、「砕けた」を意味するラテン語 fractus が語源とされています。直線や円は拡大すればまっすぐに見えてきますが、フラクタルはどこまで寄っても平らになりません。マンデルブロ集合のほか、コッホ曲線・シェルピンスキーの三角形といった作図で得られるものと、海岸線や雲のように統計的な意味でだけ似ているものがあります。
Qなぜ「2 を超えたら発散する」と決めつけてよいのですか?
計算の途中で答えの大きさが 2 を超え、しかもそれが c の大きさ以上になっていれば、そこから先は 2 度と戻ってきません。z を 2 乗すると大きさは 2 乗になるので、大きさ 2 の点は 4 になります。そこから c を引かれても、c の大きさが元の z 以下なら 4−2=2 より小さくはならず、次の回はさらに大きい数から始まる。これがくり返されて雪だるま式に増えていきます。つまり 2 は「これを超えたら判定を打ち切ってよい」という安全な目印で、計算を有限回で止めるために使われています。
Q図の色は何を表しているのですか?
集合までの距離ではなく、大きさが 2 を超えるまでにかかった反復の回数です。3 回で超えた点、7 回で超えた点、40 回耐えた点──この回数ごとに色を割り当てています。目盛りが 1 回きざみの飛び飛びの量なので、縞模様のような境目が現れます。最大反復回数のつまみを 100 から 300 に上げると細部の模様が変わるのは、そのためです。黒い領域は「上限まで回しても超えなかった」点で、上限を上げると少しずつやせていきます。
Qマンデルブロ集合とジュリア集合は、どう違うのですか?
使う計算は同じ z→z²+c で、何を固定して何を動かすかが逆になっています。マンデルブロ集合は z を 0 から始めると決めたうえで c を平面じゅうに動かし、飛んでいかない c を集めたもの。ジュリア集合は c を 1 つに固定したうえで出発点の z を動かし、飛んでいかない z を集めたものです。この 2 つには関係があり、選んだ c がマンデルブロ集合の中にあれば対応するジュリア集合は 1 つにつながった形になり、外にあれば粉のようにばらばらになります。マンデルブロ集合は「ジュリア集合の索引」として働いているわけです。
Qどこまで拡大できるのですか?
図形の側に限界はありません。理屈のうえではいくらでも潜れます。止まるのは計算する側の事情で、コンピュータがふつうに扱う小数は有効数字が 15 桁ほどしかないため、表示範囲がその桁を下回ると隣り合う点の座標が同じ値に丸められ、模様がブロック状に崩れます。このページのシミュレーションも、表示半幅を 1e-12 で頭打ちにしています。さらに深く潜る専用ソフトは、桁数を自分で持つ多倍長演算に切り替えてこの壁を越えています。
Q誰が見つけたのですか?
一人の発見というより、段階を追って形になりました。反復の理論そのものはピエール・ファトゥとガストン・ジュリアが 1910 年代後半に築いていますが、当時は絵にする手段がありませんでした。図として最初に世に出たのは 1978 年のロバート・ブルックスと J・ピーター・マテルスキの論文(刊行は 1981 年)で、アスタリスクを並べた粗い出力でした。ブノワ・マンデルブロが IBM の計算機で本格的に描いたのが 1980 年ごろ。この図形をマンデルブロの名で呼ぶようになったのはアドリアン・ドゥアディと J・H・ハバードによる、と広く伝えられています。
やってみよう
最大反復回数のつまみを 100 と 300 で往復させると、縞の位置がその場で動きます。色が距離ではないという話は、この一往復でだいたい片がつきます。
シミュレーション →
1 点の軌道を追う、平面全体を反復回数で塗る、ジュリア集合と見比べる。「たどる・塗る・見比べる」の 3 段階でつまみが増えていきます。
複素数平面 →
2 乗すると偏角が倍になり、大きさは 2 乗になる。この回転と拡大の見方を持っておくと、軌道が渦を巻く理由がつかめます。
複素解析 →
平面から平面への変換として関数を眺める道具立て。反復を「変換を何度も当てること」として見直すと、力学系の入口になります。
参考文献・出典
- B. B. Mandelbrot, "How Long Is the Coast of Britain? Statistical Self-Similarity and Fractional Dimension" (Science 156, No. 3775, 1967, pp. 636–638) — 海岸線のパラドックスと次元の提案
- M. Shishikura, "The Hausdorff dimension of the boundary of the Mandelbrot set and Julia sets" (Annals of Mathematics 147, 1998, pp. 225–267) — 境界のハウスドルフ次元が 2 であることの証明
- R. Brooks & J. P. Matelski, "The dynamics of 2-generator subgroups of PSL(2,C)" (Riemann Surfaces and Related Topics, Princeton University Press, 1981) — 最初期の描画を含む 1978 年の研究
- A. Douady & J. H. Hubbard, Étude dynamique des polynômes complexes (Publications Mathématiques d'Orsay, 1984–85) — 連結性を含む基礎理論
- B. Mandelbrot, The Fractal Geometry of Nature (W. H. Freeman, 1982) — フラクタルという語を定着させた著作
- T. Förstemann, "Numerical estimation of the area of the Mandelbrot set" (2012) — ピクセル計数による面積の高精度評価
最終更新日:2026-07-28 — STEMアトリエ
